第五の風格 預言者たちは肉体的および精神的に一切の欠陥を持たなかった
アッラーの使徒は、外面と内面の関係という観点からも、最高に均衡に取れた人のあり方を体現されていた。そのお方の外面がその愛情を示し、その美しさによって人を引き付けるのと同様、そのお方の内面世界も、人を魅了するものであった。
聖アナスは「アッラーの使徒は、人間の中で最高に美しかった[1]」と言っている。そのお方は生き方からも、顔かたちからも、最も美しい人であったのだ。
聖ジャビル・ビン・セムラはこれに関わる感情を次のように説明している。「ある日、我々は礼拝所で座っていた。月の一四番目の日で、我々の上には月が輝いていた。その時、礼拝所にアッラーの使徒が入って来られた。私は月と、預言者の顔を見た。誓って言うが、預言者の顔は月よりもなお輝かしかった」[2]
妻アーイシャも、次のように語っている。「エジプトの女性たちはユースフを見て彼女たちの手を切ったが、もし私の主人を見ていれば、手にしていた刀を彼女たちの心に刺したことでしょう」
詩人ナディム(1730年)は詠んでいる。「イスタンブールのたった一つの石のためにでさえ、イランの財産は惜しくない。」もし彼が、アッラーの使徒をよく知っていたとしたら次のように詠っていたことだろう。「預言者のたった一本の髪の毛のためにでさえ、全世界は惜しくない」
預言者ムハンマドは人のうちで最も美しい方であった。アナスの言葉は次のように続く。「彼は人のうちで最も気前のよい方であった」。外見とその美から人のうちで最も美しい者であられたアッラーの使徒は、心と意志の面からも人のうちで最も気前のよい者でもあられたのだ。[3]
彼らの外見に非の打ちどころがないのと同様、預言者たちは肉体的な欠陥も持っていなかった。アッラーの使徒が六十三歳で亡くなられたことに関するアッラーの英知について、サイド・ヌルスィは次のように語っている。
「信者たちはアッラーの使徒をこの上なく愛し、尊敬し、いかなる形であれ彼らに嫌悪を感じたりせず、彼らに従うことが必要となる。だからアッラーは、問題が起こりやすく、しばしば不面目な状態に陥ることのある老年期までこのお方を生かされることなく、六十三歳の時、彼を『最上の住居』へと送られたのである。この年齢は預言者ムハンマドのウンマにおける平均寿命であり、この点でもなお、このお方を一つの規範とされたのである」[4]
この現象は全ての預言者に共通のものであるにも関わらず、イスラエルの文献から借用したり、クルアーンの章句を誤って解釈したりした結果できた、預言者アイユーブや預言者モーゼに関する誤った話が、一部の人のクルアーンやハディースの解釈に見受けられる。
ハディースにおいて、アッラーの使徒は言われている。「預言者たちは、困難な試練の多くを経験する。この上ない不運が彼らを襲う。他の信者たちにおいても、彼の信念が確固たるものであればあるほど、大きな不運が彼を襲う」
預言者アイユーブ(ヨブ)は、確固な意志を持つ、優れたしたしもべであるとクルアーンにおいて賞賛されている。「われは、彼がよく耐え忍ぶことを知った。何と優れたしもべではないか。かれは(主の命令に服して)常に(われの許に)帰った』(サード章38/44)。
クルアーンの章句から読み取れるように、そして聖書でも記述されているように、彼は足の裏から頭の上まで、ある種の皮膚病による痛みを伴う炎症で苦しんでいた(ヨブ記、2/7)。 不幸なことに、イスラエルの物語の影響を受けた一部の解釈者は、蛆虫がその傷口、あるいは腫れ物にわいてきて、腫れ物が出す悪臭のため人々が彼から去っていったという部分を加えたのだ。
この付け足された部分は全く根拠のないものである。もし人々が彼を去っていったのであれば、それは後の、彼の貧困のためであろう。彼は最初裕福な、感謝に満ちたアッラーのしもべであった。 しかし後に、彼は健康も、子供たちも、完全に失ってしまったのだ。預言者として、彼の顔が避けられるようなものであったり、嫌悪されるようなものであったりすることはあり得ない。少なくとも彼の顔はただれを免れていたし、悪臭を発してもいなかった。
旧約聖書では預言者アイユーブに関して「彼は自分の生まれた日を呪い」(ヨブ記3/1)、神をも呪い、(ヨブ記7/20~21)神よりも自分自身を正義とした(ヨブ記32/2)と書かれている。しかし逆に、アイユーブは何年も、不平を言うこともなく神に祈ったのである。彼は祈った。
「本当に災厄が私に降りかかりました。だがあなたは、慈悲深いうえにも慈悲深い方であられます」(クルアーン、預言者章21/83)
アッラーはその祈りに応えられ、災厄を取り除かれた。
「それでわれはこれに応えて、彼に取りついた災厄を除き、彼に家族を授け、その人々を倍加した。(これは)われからの慈悲であり、またわれに仕える者に対する訓戒である」(同章21/84)
預言者ムーサー(モーゼ)は、ファラオの元に行くようにというアッラーの命令を聞くと、すぐに祈願して言った。
「主よ、私の胸を広げてください。 私の仕事を容易にしてください。私の舌のもつれをほぐして、 私の言葉を、彼らにわからせてください」(ターハー章20/25~28)
イスラエルの文献の影響を受けた一部の解釈者は、聖ムーサーのこの祈願を誤って解釈している。舌のもつれをほぐして、という表現から彼は話すことが困難だったと主張するのである。
彼らが語る物語によると、聖ムーサーは宮殿内で育てられている時、ファラオのあごひげを引っ張ったことがあった。その行為に怒ったファラオは、子供だったムーサーを殺そうとした。しかしファラオの妻は子供を助けるため、ファラオにあることを提案した。聖ムーサーが判定に従う者か、好みで判断する者か試すことにしたのである。彼らは天秤の片方に金を置き、もう片方には残り火を置いた。子供のムーサーは、残り火を口に入れ、そのせいで彼はどもるようになった。だから、舌のもつれをほぐして、という形で祈願することによって彼は明瞭に聞き分けられるような言葉を話す能力を、神に乞い求めている、とする。この作り話は、クルアーンのいかなる章の解釈の根拠にもなり得ない。もしムーサーがやけどによる言語障害を持っていたのだとしたら、彼はもつれをほぐして、ではなく取り除いて、というような表現を用いていたはずである。舌のもつれをほぐして、と言ったのは、彼が兄のハールーン(アーロン)ほどには雄弁でない、ということを意味しているのだ。
「しかし私の兄のハールーンは私よりも雄弁です。それで私の言葉が信じられる援助者として、彼を私と一諸に遺わしてください。私は彼らに虚言の徒とされることを恐れます」(物語章28/34、 旧約聖書、出エジプト記 4/10)、 だから、ファラオの宮殿に神のメッセージを伝える際に、より雄弁となれるよう祈ったのだ。
結論として、全ての預言者は肉体的にも精神的にも欠陥をもたず、完全であった。しかしいくつかの面で、彼らのうち一部が、他の預言者たちよりも優れているということはあり得た。
「われは、これらの使徒のある者を外の者より以上に遇した。彼らのうちである者には、アッラーが親しく御言葉をかけられるし、またある者は位階を高められた」(雌牛章2/253)
しかし、預言者ムハンマドは、常に最も優位におられた。全ての人間たち、ジン(幽精)のために遣わされ、また時代、対象を限らず、最後の審判の時に到るまであらゆる人々への使命を帯びた預言者たちのうち、最も最後に遣わされたお方であられるからである。
[1] Muslim, Fada'il al-Sahabah 48 (Anas); Bukhari, Manaqib 23 (Bara)
[2] Suyuti, al-Khasa'is al-Kubra' 1/123; Hindi, Kanz al-'Ummal 7/168
[3] Muslim, Fada'il al-Sahabah 48
[4] Said Nursi, The Letters 2/84
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